田舎に移住して仕事もプライベートも全部が「暮らし」になった話

田舎に移住して大きく変わったことがあります。

それは仕事とかプライベートとかの境がなくなって、全部ひっくるめた人間関係になりました。

人間関係のコミュニティが縦割りだったものが、境がなくなって全部ひっくるめ「暮らし」になっているように感じました。

所属しているコミュニティの顔ぶれがカブっている

ぼくは地域おこし協力隊制度を利用して田舎に移住し、色んなコミュニティに所属するようになりました。

消防団や青年団、商工会、複数の地域活動グループ…

いくつものグループに所属しましたが、そこで会う人たちの多くは共通しています。

Aさんとは仕事の関係ですが、同じ消防団で活動しています。

Bさんとは商工会でお会いしましたが、別の地域活動団体でも一緒になりました。

というようたくさんのグループに所属しても、そこで会う人がカブってくるんです。

田舎ではコミュニティのレイヤーがいくつも重なり合っている

「田舎はせまい」

と言ってしまえばそういう一面もあるのですが、そういうことを言いたいのではなくて!

ぼくは田舎に移住してみて、こうしたコミュニティのレイヤーがいくつも重なり合って、「暮らし」全体が作られているように感じました。

  • 仕事でお付き合いのある人グループ。
  • 同級生のグループ。
  • 保育園や学校の保護者同士のグループ。
  • 趣味やサークルのグループ。

田舎なら他にも…

  • 消防団で活動しているグループ。
  • 地域のイベントを主催しているグループ。

社会生活をしていると色んなコミュニティに所属します。

そういった色々なコミュニティのレイヤー同士が広く重なり合っているのが田舎のコミュニティです。

例えば、

「同級生の幼馴染で同じ職場に勤めて、子ども同士も同じ小学校に通っている」

というような状態では、

  • 同じ小学校の同級生
  • 同じ職場
  • 同じPTA

という3つのコミュニティが重なっているというイメージです。

都市部のコミュニティは縦割化している

対して、都市部ではこうしたコミュニティが重なり合わず別々になっているのではないでしょうか?

極端な場合は縦割りになっている、と言ってもいいかもしれません。

都市部でのコミュニティの重なりは、あったとしても

「同じ職場の同期で趣味の合う人と、オフでも遊んでいる。」

くらいが関の山。

さきほどの例のようにいくつものコミュニティが重なっている状況は珍しいのではないでしょうか?

コミュニティの重なりが「暮らし」全体を作る

いなかのコミュニティの重なりの具合は都市部とくらべると、重なっているレイヤーの数も多いし、レイヤーの厚みも全く違います。

「いなかは人間関係が濃い」

という表現がされるのは、人間関係のレイヤーの重なりが多いということがに、移住してみて気がつきました。

そしてレイヤーの重なりが増えると、レイヤー同士の境目もあいまいになってきます。

さっきのたとえの

「同級生の幼馴染で同じ職場に勤めて、子ども同士も同じ小学校に通っている」

という状態なら、職場で同級生のプライベートな会話もするでしょうし、小学校の行事で一緒になったら仕事の話もするでしょう。

ぼくはレイヤー同士が重なって、一体化している状態をなんども体験し、仕事もプライベートも混ざってきて

「この地域で暮らしている」

という感覚になってきました。

逆に「暮らし」の中から仕事のレイヤーをつくる

ぼくは地域おこし協力隊の任期のあとのことは、あまり計画的に考えていませんでしたが、川根での「暮らし」の中で生まれた人間関係をツテにして何とか生きていけそうです。

レイヤーがいくつも重なり合った「暮らし」の中では、あたらしく「仕事」のレイヤーも作れるのです。

「地域おこし協力隊おわって時間ができたら、仕事たのみたいんだけど!」

「あそこは人手足りてないみたいだから、もしよかったら紹介しようか?」

と言ってもらえるようになります。(実際はもっと方言きつい)

大儲けできる仕事はないですが(笑)、ぶ厚くて頑丈なコミュニティのレイヤーのなかで仕事ができる安心感はお金では作れないと思います。

ぼくはこの地域の「暮らし」の中で生きていく

もちろん弊害もあって、地域の活動に仕事の力関係が影響したり、人間関係がいちどこじれるとリフレッシュできないという欠点もあるかもしれません。

それでもこの地域の「暮らし」を続ける人が多いのは、この「暮らし」がいざという時に頼りになることを経験してきたからだと思います。

地域おこし協力隊としていくつものコミュニティに所属して、感じるようになったこの川根地域での「暮らし」。

たった3年間でぼくが築いたコミュニティのレイヤーはまだまだ薄っぺらくて大したとこないのですが、それでもぼくひとりが生きていくためには十分です。

ぼくの目指す

「自分が自分らしく生きられる場をつくる」

ために川根での暮らしを楽しんでいこうと思います!